やぁ
2015年 03月 19日 Thu
肝心の一レスが抜けるという愚かな行為をしてしまったのでこちらに投下します。

演出の都合上、大型AAをイラスト化しています。

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世界の秩序を守り、正義の代表者として認知されている都市、ジュスティア。
堅牢な壁に囲まれた世界一優れた治安と、世界中に散らばる警察の総本山を抱えた正義の街は八月十日の朝も、いつもと同じように平穏な空気が流れていた。
薄い霧に包まれた街の中を車が走り、人が歩き、徐々に活気が姿を見せ始める。
朝日が水平線の向こうで赤々と燃え、空に群青と目の覚めるようなオレンジのグラデーションを作り出す光景は、新たな世界の誕生のように神々しかった。

しかし。
ジュスティアを象徴する一対の巨大なビル、“ピースメーカー”で早朝から開かれた緊急会議は平穏も幻想的な雰囲気もましてや安寧など皆無で、眠気を吹き飛ばすような緊張感を作り出していた。
朝早くから叩き起こされた重役たちの中には髭を剃っていない者、制服の皺を取っていない者もいたが、不服を漏らす者もそれに対して揚げ足を取ろうとする者は一人としていない。
目の前にある状況は他人の事を気遣う余裕もなければ、楽観視もできない程のものだった。

彼らが直面している唯一の議題は、その日に発行されたモーニング・スター新聞の一面についてだった。
世界最大の新聞社が刊行したその一面には焼け焦げた建物の写真が一枚だけあり、後は文字だけが並んでいる。
問題は、その文字の羅列がもたらす効果だった。
羅列された文字には読者の心を動かし、ジュスティアに対する不信感を膨らませるだけの力があった。

眠気覚ましのために淹れられたコーヒーの匂いが充満する会議室には椅子がなく、誰も座っていなかった。
正確に言えば、椅子は全て壁沿いに移動されており、会議の参加者は全員長方形の机を囲むようにして立っていた。
手元にはホチキス止めされた資料と新聞の切り抜きのコピーがあり、何が起こったのかを的確に、そして正確に参加者に伝えた。
会議の第一声は警察副長官のジィ・ベルハウスの怒号で始まった。

爪#゚-゚)「どうなってるんだ!!」

机に新聞を叩き付け、ジィは憤りを部下たちにぶつけたが誰も答えない。
勿論、ジィは答えを求めているわけではない。
この場にいる人間で答えを出せるとは思えないし、出せるはずがないと云うのは百も承知だ。
だが彼女が憤慨するのも当然だった。

全世界で最も読者のいる新聞社の今日の一面には、本来書かれるはずのない、秘匿された情報を基にした記事が掲載されていたのだ。
ティンカーベルという島で起こった火事が事故ではなく放火によるもので、それだけでなく暴漢による侵入をジュスティア警察が許してしまったという事。
それに加えて、民間人の被害者――よりにもよって射殺体――が出てしまったことまで書かれていたのだから、現場に関係している人間で激怒しない者はいない。
火事の隠蔽はどうにでも出来たかも知れないが、射殺された死体について述べられるとどうしようもなく、正直に認める他ないのである。

当然、これは決して公にはしたくない情報だった。
信用問題に大きく関係するだけでなく、世界からの評価が悪くなってしまう。
それだけに、現場となったエラルテ記念病院の関係者全員には厳重に口止めをしていた。
それでも、情報は漏れてしまった。

病院関係者しか知り得ない情報が流出したのは、情報封鎖の初動の段階で大きな失態があったという事を意味している。
その失態を産むのは、現場の指揮者の指揮能力のせいだ。
現在、ティンカーベルで指揮を執っているのは軍の総帥、クロガネ・タカラ・トミー。
彼は軍人であり、警察官ではない。

軍による情報統制など、最初から期待せずに警察に一任すればよかったのだ。
繊細な行動は彼らに期待できないという事が、今回よく分かった。 
怒りの矛先は彼だけではなく、万が一に備えて派遣したライダル・ヅーにも向けられていた。
秘書風情がこの事件を処理し切れると信じてしまったのが悔やまれる。

だがタカラよりは、よほど上手に情報をコントロールできただろう。
最低でも漏洩などという情けない事態は回避できたはずだ。
激怒しながらも、ジィは今やらねばならぬことが状況の把握にあることを忘れなかった。

爪#゚-゚)「情報の出処は?!」

彼女の部下たちは首を横に振った。
期待はしていなかった。
そもそも、この短時間の間で離れた場所の正確な状況や背景を把握できれば、今頃は別の場所で難事件解決を担当している。
この場に集まったのは優秀な人間に違いはないが、別分野で活躍をしている人間達だ。

検挙率や書類上の実績ではなく、もっと能力のある人間が必要だった。
しかし外見や書類では、能力の有無は分からない。
部下たちの中で誰が有能なのか、誰がこの種の事件に強いのか、ジィは把握していなかった。
警察を離れたある男が言い放った言葉を思い出し、自分自身に苛立った。

――“あんたは正義じゃなくて、正義に酔う自分しか見てないんだよ”

かつての同僚。
そして、かつての部下。
恩人であり、そして友人だと信じていた男。
今、どこで何をしているのかも知らないが、共に正義について語り合った仲だった。

その彼が残した言葉が、毒のようにジィを責め立てる。
意味もなく当たり散らす自分の姿こそが、その証拠だと自分自身が責め立てる。

爪#゚-゚)「くっそ、こんな……こんな事……!!」

ティンカーベルでの失態はこれで二度目になる。
重犯罪者の脱獄、そして厳戒態勢の中で起こった放火。
世間に知られているのは後者だが、前者が知られるのも時間の問題だ。
脱獄不可能と言われたジェイル島から二名の犯罪者を逃がしてしまったことは、ジュスティアの歴史に刻まれるべき大問題だ。

出来れば表に出すことなく、闇に葬りたい。
このままではそれすら困難になる。
避けなければならない。
早急に解決しなければならない。

とり急いで行うべきは脱獄者の抹殺。
それに尽きる。
脱獄者さえ殺せれば、放火の責任を全て彼らに被せることが出来るのだ。
それが最善の手だろう。

そうなると、問題になるのは指揮者だ。
タカラは警察が普段行っているような慎重な捜査には不向きな指揮者であり、ヅーでは管理し切れない人間性をしている。
また、ヅーも指揮者としては不向きな性格をしており、補佐の位置にいてこそ発揮する能力を有している。
つまり、理想的な展開に持ち込むための作戦を考え、指揮する人間がティンカーベルにはいないということだ。

最悪である。
では、誰ならば解決できるのか。
解決できる人間はあの島にはいないのか、と言えば答えは否。
一人だけいる。

警察きっての鼻つまみ者であり、警察でも屈指の捜査能力を有する男。
恐らくは情報を新聞社に流した諸悪の根源――

爪#゚-゚)「虎か……」

――“虎”の渾名で忌避される、トラギコ・マウンテンライト。
あの刑事が入院していたのは、奇しくも放火されたエラルテ記念病院だ。
放火された後に彼が保護されたとの報告があったが、彼が新聞社の人間と接したとの情報もある事から、無関係とは言い難い。
捜査のかく乱が目的ではないにしろ、捜査に対して多大なる妨害をしたことは事実だ。

怒りを抑えるために、ジィは握り拳を作って改めて机を叩いた。
どれだけ怒ったところで、今は島に介入することは出来ない。
全ての海路、陸路を封鎖し、脱獄犯たちの逃げ場を絶たなければこれまでの全てが水泡に帰してしまう。
不本意極まりないが、今は待つしかない。

あの島で、誰かが事件を解決してくれることを。
新聞を握り潰し、それを捨てようとした時、会議室の扉が突如として開いた。
現れたのは報道担当部に所属していることを示す階級章を胸につけた、経験浅そうな若い男だった。

( ''づ)「ほ、報告いたします!!」

爪#゚-゚)「……何だ?」

これでどうでもいい報告がされた場合、ジィは握った新聞紙を投げつける用意があった。
しかし、不運にもこの男は非常に有益な情報をジィに話したがために、その怒りを買うことになる。

( ''づ)「ティンカーベルで爆破テロが起こりました!!」

怒りを越えた時、人は物理的な破壊と威嚇行動に出るのだと、その場の全員が学習することとなった。

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スタードッグス・カフェの正面で起こった爆破テロはすぐに駆け付けた警察によって対処され、現場は完全に封鎖された。
こればかりはエラルテ記念病院の時とは違い、誤魔化しようがなく、警察は隠蔽ではなくその対処と処理に追われることになる。
幸いにして死者と重傷者がいないため、テロは未遂に終わったと公表されるか、気の狂った男による犯行で犯人は逮捕、拘留されたと発表することだろう。
爆発の規模も小さく、そこまで取り立てて騒ぎ立てるものではなかったのが警察にとっての幸運だ。

一方で、松葉杖を突きながら物思いにふける男にとっては、爆破テロなどあまり興味がなかった。
今しがた起こった爆破テロよりも、昨晩の放火にこそ注視するべきだと考えていた。
トラギコ・マウンテンライトは騒ぎの収まらぬアイリーン・ストリートから離れ、事件解決に必要な情報収集を行っていた。
探しているのは、彼の友人だったカール・クリンプトンを射殺した犯人の手がかりだ。

思い出す限りで分かるのは、銃弾は病院の東側から飛んできた可能性が高いということぐらい。
専門家ではないため、僅かな情報から精確な距離や位置までは分析できない。
有益な情報があるとしたら射殺された時間帯に病院の東側にいた人間なのは、間違いない。
ある程度の高さのある建物から狙撃したのであれば、その銃声や発砲炎が目撃されている可能性がある。

それが分かれば、発砲場所の特定につなげられる。
発砲場所には何かしらの痕跡が残っている可能性があり、真っ先に捜査するべき場所でもある。
特に、海が近くにある場所だと風雨の影響をもろに受け、証拠が失われる可能性が高い。
早急に狙撃地点を割り出し、情報が鮮度を保った状態の時に捜査を行わなければならない。

例えば薬莢に残された指紋。
例えば宿泊履歴に残された名前や筆跡。
例えば毛髪や体液など、個人を特定する何かが現場に残されていないとも限らない。
全ては可能性の話ではあるが、とにかく調べなければ可能性はゼロにすらならないのだ。

捜査の基本は自らの足を使うことにある。
例え怪我をしていようが、死にかけであろうが、追われている身であろうが関係はない。
他人の力だけで情報収集するなど、刑事として失格だ。
あくまでも他から仕入れた情報は自分の推理を固めるための材料でなければならず、主導権を手放した時点で刑事ではなくなる。

事件解決の主導権を握ったままにするには、自分で動きながら情報を収集するのが一番簡単で確実な方法なのである。

(=゚д゚)「ちょっといいか?」

Ie゚U゚eI「……何だい?」

まず訪れたのは、ティンカーベルを“鐘の音街”と言わしめる巨大な鐘楼グレート・ベルのすぐ隣に並ぶ、木造二階建ての宿泊施設だった。
木製の扉を開くや否や警察手帳を見せて、トラギコは店主が余計なことを口にしないように先手を打った。
カウンターの前で宿泊名簿を開いて準備をしていた六十代前半の店主は溜息を隠そうともせずに吐いてそれを乱暴に閉じ、トラギコを見た。
短身で小太り、白髪は短く刈り揃えられ、団子鼻の下に蓄えた顎髭が特徴的な男だ。

薄汚れた白いシャツと色褪せたデニムのオーバーオールという姿は、宿屋というよりかは八百屋の店主に相応しい。
観光客には受けがいいだろうが、トラギコには受けが悪い。
腕を組んでトラギコに目を向ける姿は、高圧的を通り越して挑発的にしか見えない。
ならば、礼儀は不要。

左手に持っていた黒いアタッシュケースを乱暴にカウンターの上に乗せ、トラギコは質問を始めた。

(=゚д゚)「昨晩のことでいくつか聞きたいことがあるラギ」

Ie゚U゚eI「出来る事でしたら」

(=゚д゚)「昨日、銃声を聞いたラギか?」

Ie゚U゚eI「さぁ、聞いていませんね。 聞いてたら騒ぎになりますよ」

それはそうだ。
銃声は市街地では非常に目立つ。
次に知りたいのは、閉鎖的な街の情報網を駆使した目撃情報だ。

(=゚д゚)「不審者は?」

Ie゚U゚eI「さぁ、昨日のことはよく覚えていないもので」

そっけなくそう答えると店主はこれ見よがしに帳簿を開き、それに目を走らせ始めた。
明らかに敵意のある態度であり、何かを知っていて隠そうとする態度だ。
どうやら、この店主はトラギコに対してかなり強い不信感を持っているようだ。
先ほどの爆発騒ぎだけでなく、放火のことについて新聞で知っているのかもしれない。

となれば、その不信感の矛先はトラギコだけでなく警察全体に向けられている。
誰が頼んだところで、協力的な姿勢は望めない。

(=゚д゚)「何なら、思い出すのを手伝ってやってもいいラギよ?」

Ie゚U゚eI「警官がそんなこと言うと問題になるんじゃないですかね?」

(=゚д゚)「……!!」

理性はあった。
このような小物の発言に対して理性を失うほど、トラギコは愚かではない。
むしろ、あまりにも矮小すぎて同情すら禁じ得ない次元の人間にしか見えていない。
それでも、この先の障害になるようであれば排除するべきだという判断は揺るがなかった。

十分すぎるほどの理性を持ちながら、トラギコはカウンター越しに店主の髪を掴んで引き寄せる。
髪の毛が数十本単位で千切れ、その顔が恐怖と痛みに歪む。
噛み付かんばかりの勢いでトラギコは顔を寄せ、声を潜めて言った。

(=゚д゚)「何が、どう問題だって?」

Ie゚U゚eI「ちょ、ちょっと……!!」

まさか、警官が手を出すとは思っていなかっただろう。
それが正常な認識だ。
この男にとっての不幸は、その認識がトラギコには適応されないという事を知らなかった事だ。
確かに、警察官の規定には無暗やたらに暴力を振るってはならないと定められているが、トラギコの場合は必要に応じて振るっているだけだ。

相手が女だろうが子供だろうが老人だろうが、トラギコに必要な情報を持っているのであれば、手は出す。
腱を切って逃げる手段を奪うのも、トラギコのやり方の一つだ。
これまでに一千件近くのクレームがあったが、その全てをトラギコは無視してきた。
処理は上の人間の仕事だからだ。

(=゚д゚)「非協力的な奴にゃ、いくらでも罪状付けてムショにぶち込めるんだよ。
    いいから教えろ、不審者の事を」

片足でも、民間人を脅すぐらないなら支障はない。
たちまち素直に怯え始めた店主だが、トラギコの求める答えは口にしなかった。

Ie゚U゚eI「ほ、本当に知らないんですって!!」

(=゚д゚)「知らない? 覚えてないじゃなくて?」

動揺する店主に殴りかかろうとした、その時。
背後で扉が開く音がした。
もしもこの時、トラギコが長年の経験で培った癖で音の方を見ていなければ、この先の展開が大きく変わった事だろう。

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(::0::0::)「……」

黒い目だし帽。
黒いジャケット。
黒い皮の手袋。
黒いショットガン。

ただならぬ雰囲気以前に、その風体は一瞬でトラギコの意識を戦いに必要な物へと切り替えさせるには十分すぎた。
意識が切り替わって行動するまでに必要なのは、コンマ五秒。
その間にトラギコは一瞬で状況を理解し、的確な動きをしなければならない。
一枚の写真を見て瞬時に理解するように、複数同時の処理がトラギコの脳内で行われた。

ショットガンの射程は短い。
だが、その攻撃範囲は離れれば離れるだけ広くなり、その分だけ威力が落ちる。
筋肉の付き方から男であることが分かるのと同時に、腰だめから肩付けに構え直したのは素人の証。
トラギコと男との距離は約七フィート、ショットガンにとっては必殺の距離だ。

何かが起こるよりも前にカウンターの向こうに飛び込んだのは、脊髄反射的な物だった。
それで正解だった。
答え合わせは、トラギコの行動からコンマ一秒後に執行された。
店主の悲鳴と肉が飛び散る湿った音、そして銃声がトラギコの頭上で響く。

余りある威力に吹き飛ばされた店主は壁に叩き付けられ、血の帯を壁に残して力なく頽れた。
床に自分の肩が触れるのと同時にトラギコは懐からM8000を取り出し、上半身を起こして木製のカウンターの裏から応戦した。
威力と弾道に影響が出るが、パラベラム弾でも厚みのある木を撃ち抜くことは可能だ。
狙いが逸れた弾が窓を割り、どこかから女の悲鳴が聞こえた。

相手の姿が見えない中、音だけがトラギコにとっての判断材料になるため、その悲鳴は邪魔だった。
第二射がこない事から考えられるのは、敵が逃げたか、負傷したか、それとも移動したかだ。
結果を確認するために弾痕から向こう側を覗くと、覆面の男が胸を押さえて倒れていた。
血溜まりの中で痙攣しているのを見ると、防弾着は着ていなかったらしい。

一先ず事態を納めることが出来たことに安堵の溜息を吐き、ふと横を見る。
胸がグロテスクに抉れた店主の死体と目が合った。
情報は聞き出せないが、タイミングの良さを考慮すると相手はこちらを尾行していたと考えられる。
同時に、襲撃者が一人では済まないことを悟った。

敵はどうあってもトラギコには消えてもらいたいと考えているらしく、情報が伝わる速度が想像以上に速いことから相当な手練が後ろにいるのだと分かる。
ならば、事態をかき回す存在であるトラギコは早急に消しておきたいだろう。
アサピー・ポストマンと一緒にいたところも目撃されていたと考えると、彼も今後は危険に晒される立場となる。
互いに利用しているだけの関係であるため、アサピーが襲われてもトラギコは一向にかまわなかった。

万が一人質となったら、喜んで見捨てるつもりだった。
念のために上半身を晒すよりも先にカウンター上に手を伸ばし、アタッシュケースを回収する。
これこそがトラギコの持つ強化外骨格――通称“棺桶”――“ブリッツ”だ。
緊急時における強化外骨格との近接戦闘に特化したこの強化外骨格は、対人間との戦闘でもその力を発揮することが出来る。

肉弾戦ともなれば、頭を殴り潰すことさえも可能だ。
アタッシュケースに見えるのは運搬用のコンテナで、非常に堅牢な作りをしている。
ライフル弾でさえも防ぎ得る硬度を持ちながらも重量は非常に軽く、下手な楯を持ち運ぶよりも利便性がいい。
M8000を構えながら、トラギコは片手をついてゆっくりと体を起こす。

目の前にあった入り口の扉には穴が空き、質素な窓ガラスは砕け散っていた。
その小さな窓の向こうに見える通りには人が集まり、何事かと騒いでいる。
これでいい。
人目がある以上、迂闊な追撃は来ない。

カウンターを乗り越え、床に転がっていた二本の松葉杖の内一本だけ掴んだ。
店主が殺されたのは、偶然ではない。
第一射で仕留めるなら、間違いなくトラギコを狙う。
それが、どうしてか店主が先に撃ち殺された。

狙いを誤ったにしては、店主の胸に空いた穴の位置が不自然だ。
敵はトラギコと店主の二人を標的として捉え、店主を優先的に殺したように見える。
今は撃ち殺したばかりの男の顔を見るよりも、上の階を目指すことを優先した。
銃声が真下の部屋から鳴り響いたにも関わらず誰も出てこないのは、銃声におびえているのか、それとも誰もいないのかのどちらかだ。

何にせよ好都合だ。
これで捜査がしやすくなった。
店主が殺された理由は後で考えるとして、まずは狙撃手の証拠を集めるのが先決だ。
仮にこの建物から発砲されたのなら二階ではなく、もっとも高さのある屋上からでなければならない。

その高さが十分かどうかも見定めるためにも、トラギコは階段を上って二階に向かった。
二階の廊下に出た時、トラギコは首筋に嫌な寒気を感じた。
何か凶暴な生物がいる。
そんな感覚だ。

まるで、知らず知らずの内に熊の巣に入り込んでしまったかのような感覚には、覚えがある。
若い頃、聞き込み対象の部屋と間違えて三人組の殺し屋が仕事をしている現場に遭遇したことがある。
後に分かった事だが、彼らは“ケコッズ三人組”という通り名で知られる殺し屋集団で、本部も内々に捜査をしようと狙っていたらしい。
結果として現行犯逮捕一名、射殺二名という結末の貢献者となったトラギコは彼を快く思わない人間からより一層嫌われることになった。

漂う空気と感覚は、その瞬間に似ている。

(=゚д゚)「……いきなり大当たりラギか」

アサピーの写真からトラギコが推測したのは、ショボン・パドローネ達がアイリーン・ストリートの近くに潜伏している可能性だった。
あくまでも、可能性の話だ。
捜査における可能性が正解になる確率は、果てしなく低い。
しかしながら、それは言い換えれば可能性が一発で正解に直結する場合も稀にあるという事だ。

適当に選んだ一軒の施設が正解であることもまた、可能性としては十分にあり得るのだ。
正解に辿り着くとは、正直、想像してもみなかった。
喜ばしいことではあるが、体調面も含めて戦闘に必要な準備が整っていないのは致命的だ。
いつ襲われてもおかしくない状況の中、トラギコはゆっくりと、周囲を警戒しながら歩く。

屋上に出るには、天井裏へと通じる階段を降ろす必要がある。
それがどの場所にあるのか、それを聞く相手は死んでしまった。
自力で探すほかない。
恐らく、廊下のどこかに付いているのだろうが、もし見つからなければ部屋を虱潰しに見て周る他ない。

五部屋の中に二種類の正解が潜んでいると考えると、心臓がむず痒くなる。
天井だけでなく部屋にも注意を向けながら、ゆっくりと。
歩く。
ただそれだけの行為にこれほど緊張するのは久しぶりだった。

自然と笑みがこぼれる。
生きている実感が体中に満ち溢れる。
恐ろしいまでの静寂が満ちる廊下には、ブーツの底が床板を踏みつける音と松葉杖が立てる音のみが流れている。
五感の内、トラギコの聴覚は最大限にその能力を発揮すべく、意識のほとんどがそこに注がれていた。

――それが、仇となった。

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静寂を打ち砕くように響いた巨大な鐘の音。
グレート・ベルの鐘には大きく二つの役割がある。
一時間刻みに時刻を知らせる時鍾、そして島全体に緊急事態を知らせる警鐘の役割だ。
耳を押さえながらも腕時計を見ると、時間は朝の四時四十五分。

時鍾ではない。
先ほどの爆破騒ぎを知らせるために鳴らされた警鐘と考えられるが、タイミングが最悪だ。
爆音にも思えるその音の中、トラギコは手前から二番目の扉が開くのを見た。

lw´‐ _‐ノv

(;=゚д゚)

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現れたのは、喪服のように黒一色の服装をした女だった。
黒いレースの帽子と長手袋、黒いロングヘアー、シースルーの黒いワンピースの下には黒い下着が見える。
背負った黒いコンテナは棺桶に酷似しており、服装と相まって葬式に出た露出狂か変質者のそれだが、その正体は違う。
誘拐魔“バンダースナッチ”こと、シュール・ディンケラッカーだ。

ほっそりとした顔、魔女を思わせる鷲鼻、愁いを湛えた表情をより一層妖艶にする紫色の口紅と紫のアイシャドウ。
憂鬱気に開かれたブラウンの瞳が、トラギコを見る。
帽子の鍔を摘まみ、妖艶な笑みを浮かべてシュールは言葉を発した。

lw´‐ _‐ノv『この歌が聞こえるか? 怒れる者たちの歌が聞こえるか?
       これは二度と囚われぬ者たちの歌』

歌うように滑らかに発せられたのは、明らかに挨拶の台詞ではない。
間違いなく棺桶の起動コード。
背負っていたコンテナにその体が招き入れられるのを見るのと同時に、トラギコも応じて口にした。

(#=゚д゚)『これが俺の天職だ!!』

叫んだのは、ブリッツの起動コード。
アタッシュケースが開き、機械仕掛けの籠手が飛び出す。
それを両腕に装着し、収まっていた高周波刀の柄を左手で握りしめる。
松葉杖をその場に投げ捨て、M8000を懐にしまう。

シュールが背負っていたコンテナの大きさは彼女の身長とほぼ同じ、約六フィート。
つまり、Bクラスの棺桶という事だ。
そうなると拳銃弾は通じない。
高周波刀だけが、シュールの棺桶を打ち破れる。

望んでいた相手とはいえ、状況は不利だ。
眼前のコンテナが開き、現れたのは六フィート弱のトリコロールカラーの棺桶。
丸みの多い装甲は見た目にも厚みがあり、アクセントとして黒い線が装甲の淵に塗られている。
威圧感を与えるカラーリングで、尚且つ注目を浴びるようなデザインは悪趣味という他ない。

両肩に正方形の小型コンテナ――ミサイル発射装置だろうか――が載っており、両腕にはメッシュ装甲の籠手が付いている。
通常の戦闘に特化した棺桶なら、ライフルの一挺や二挺持っているはずだ。
更に、起動コードに使用された言葉は少なくとも量産型のそれではないことを考えると、トラギコのブリッツと同じく、単一の目的に作られたコンセプト・シリーズのものだろう。
その名前はおろか、性能さえトラギコには分からなかった。

何より恐ろしいのが、コンセプト・シリーズには共通した強みがある点だ。
一点特化型。
言い換えれば、初見の場合には何に特化しているのかが判別不可能だという事。
二、三度会って初めてその性能が分かる場合もあるぐらいだ。

感情や目的に左右されず、迂闊に仕掛けない方が賢い。

(=゚д゚)「シュール・ディンケラッカーだな?」

√[:::|::]レ『そうね、だとしたらどうするつもり?』

(=゚д゚)「ダルマにしてやるラギ!!」

高周波刀のスイッチを入れ、いつでも装甲を切断できる状態にしておく。
勝てる見込みはない。
中遠距離を得意とする相手なら、勝機はない。
近距離ならば、一割以上の確率で勝てる。

問題は、どちらかという事だ。

√[:::|::]レ『ふふ、怖い言葉を使うのね』

相手は動かない。
余裕の表れだろうか。
それとも、こちらが動くのを待っているのだろうか。

(=゚д゚)「こいよ、阿婆擦れ」

√[:::|::]レ『そっちが来たら? 加齢臭』

(=゚д゚)「言ってくれるラギね……」

戦闘慣れしていないのが、今の会話で分かった。
会話をする時間があれば襲い掛かるぐらいでなければ、プロではない。
子供に特化した人攫いを専門にしている女ならば、戦闘に慣れていないのは道理。
勝てる見込みがあるが、性能差という問題が消せるわけではない。

√[:::|::]レ『来ないなら、こっちから行くわよ』

再び響いた鐘の音が、トラギコの聴覚を支配する。
シュールの声は、もう聞こえない。
その左手がゆっくりと持ち上がったかと思った瞬間、トラギコは倒れていた。
何が起きたのか分からなかった。

何をされたのかすら、解らなかった。

(;=゚д゚)「あ……ん……が……」

鐘の音に紛れて耳障りな音が聞こえたのは分かった。
それだけで、トラギコの全身から力が抜け落ち、高周波刀を手放してしまった。
意味が分からない。
殺す意欲はあった。

なのに。
なのに、両手両足が言う事を聞かなかったのだ。

√[:::|::]レ『実験通りね。 ありがと、虎さん』

重い跫音が近付いてくる。
禍々しい姿近づいてくる。
だが体は動かない。

(;=゚д゚)「こ、の……こい、よ……」

力がどうしても入らない。
初めての感覚だ。
筋肉が言う事を聞かず、意識だけが空回りする。
毒を使われた可能性が高かった。

√[:::|::]レ『SAYONARA-Bye Bye』

余裕をもって殺される。
踏み潰すもよし、殴り殺すもよし。
今、トラギコは指を一本動かすだけでも困難な状態にあった。
鐘の音を残しながらも直接的に送り込まれる甲高い不協和音は、トラギコの体から力を奪い、戦う意欲を削いだ。

(;=゚д゚)「……」

死を覚悟する時が来るとしたら、きっと、この瞬間なのだろう。
だがトラギコには、そんな覚悟は出来なかった。
今ここで死んでも仕方がないと自分を納得させることなど、不可能だったからだ。
力の抜けた腕で高周波刀を掴み、気休めにもならないが投げつける用意をする。

シュールはある程度の距離を保ったまま、それ以上は近づこうとはしない。
流石に馬鹿ではないようだ。
投擲される刃物は距離が開くほどにその軌道が読みやすくなる。
飛び道具を持っている以上は、飛び道具で戦うのが最善だ。

ブリッツが高周波刀の攻撃に特化していることは、一目で分かる。
多少トラギコについて勉強していれば、その弱点も分かってしまう。
小型のAクラス故に正体不明の攻撃に対して防御の手段がないことも、この女は知っているのだ。
知っていて勝負を仕掛け、そして制した。

偏頭痛に似た頭痛が始まり、思わずブリッツを手放して耳を押さえた。
とにかく、頭の奥が痛かった。
脳の奥でガラスの鐘が狂ったように鳴り響いているようだ。
音による攻撃なのだと分かったところで、トラギコにはなす術もない。

両手で耳を押さえながら本能的に体を丸め、防御の姿勢を取るも効果がない。
いっそ鼓膜がなければ、とさえ思うほどの痛み。
脳の片隅に残った僅かな理性で懐に手を伸ばし、M8000の銃把を握りしめる。
一か八か、装甲の隙間を狙って攻撃を中断させる。

その思考が伝わったのか、音がその大きさと残忍さを増した。
最早、反撃どころではなかった。

『ちょっとぉ、それは駄目よぉ』

場違い極まりない陽気な声が、シュールの攻撃を中断させた。
背後から聞こえた聞き覚えのある声は、鐘の音が鳴り響く中でもはっきりとトラギコの耳に届く。

从'ー'从「その刑事さんを殺すのはぁ、この私よぉ?」

快楽殺人鬼、ワタナベ・ビルケンシュトック。
ショボンと同じ組織に属する女であり、ニクラメンで行われた虐殺に加担した女だ。
最悪の状況に最悪の女が現れた。
冷静に考えれば、ここにいても不思議ではない。

オアシズの到着と同時に姿を消し、尚且つ所属するのはショボンの組織。
つまり、認識としてはシュールたちと同じ存在なのだ。
敵であり、追うべき標的でもある。

√[:::|::]レ『初耳』

从'ー'从「今初めて言ったものぉ、当然でしょう?」

耳を押さえながら、トラギコは顔だけをワタナベに向けた。
鳶色の瞳はシュールに向けられ、相変わらず無垢そうな笑顔で殺意を垂れ流しにしている。
染み一つない白いレースのワンピース、そして黒いアタッシュケース。
否、あれはコンテナだ。

トラギコのブリッツと同じく、棺桶を運ぶためのものだ。
以前はBクラスの棺桶を使っていたと記憶しているが、新たな物に切り替えたのだろう。
勿論、棺桶は一人一機とは限らない。
毒ガスを使われたら、間違いなくトラギコは死ぬ。

それどころか、周囲の民間人にも死者が出る。
考え得る限り最悪の状況だった。

√[:::|::]レ『でも、殺すなら同じでしょ』

从'ー'从「全然違うわよぉ」

ワタナベは愛おしそうにコンテナを胸の前で抱きしめる。

√[:::|::]レ『ん?』

从'ー'从「私が殺さないと意味がないのよぉ」

助けに来てくれたというわけではなく、獲物の奪い合いに来たらしい。
状況は変わらず、最悪のままだ。
二人の動き次第で、どう殺されるのかが変わってくる。
ただ、それだけの話だった。

√[:::|::]レ『意味不明。 何でもいいけど殺すなら殺せばいいんじゃない?』

从'ー'从「えぇ、殺すわよぉ。
     でもその前に、お痛をした罰は受けないとねぇ」

√[:::|::]レ『……は? オオイタ?
     何のためにそんな無駄な事を――』

从'ー'从『この手では最愛を抱く事さえ叶わない』

起動コードの入力、そしてコンテナの解放。
内蔵された装着補助装置の力を借り、それまで小枝のようにほっそりとした長い女性の指が一瞬の内に醜い鉤爪を纏った。
一見すれば長手袋に見えなくもないが、金属を削り出して作られたような色合いをしたその鉤爪は、優雅さとは無縁の造形をしている。
特徴的な一フィートはあろうかという長い爪は、鏡のように磨き上げられた鋭利な刃物の形状をしており、それ以外は脈打つ鎧そのものだった。

間違いなく、コンセプト・シリーズの棺桶だ。
高周波装置が発生させる独特の音が、その鉤爪から鳴り響く。
近接戦闘に特化した作りなのは間違いない。

6.jpg


щ从'ー'从щ「指あたり、もらおうかしらぁ」

仲間割れを起こしてくれるのなら望むところだ。
その間に退却するのが今は望ましい。
音の支配から解放されたトラギコはブリッツを掴み、スイッチを入れた。

√[:::|::]レ『共闘するつもり? というか、裏切るの?』

从'ー'从「笑えない冗談ねぇ」

(;=゚д゚)「……阿婆擦れ会議なら勝手にやってろラギ!!」

強化外骨格の装甲さえ切り刻み得るブリッツならば、木製の床を切り抜くなどあまりにも用意なことだ。
刀を深々と床に突き刺し、自分の周囲の床を円形に切り裂いた。
床板と共に背中から一階に落下したトラギコは埃が濛々と舞う中すぐに立ち上がり、M8000を懐から抜いて天井に向けた。
追撃はない。

視線を感じて店の入り口を向くと、そこには制服姿の警官が二人立っていた。
すでに周囲はテープとロープ、そして目隠し用のブルーシートで封鎖され、関係者以外は立ち入れなくなっている。
警戒態勢中という事もあり、到着と仕事の速さは流石だ。
二人は今まさに扉を開けたところのようで、トラギコが降ってきた光景を見て扉にかかった手が途中で止まっていた。

川_ゝ川「……」

( 0"ゞ0)「……」

(;=゚д゚)「……」

銃口を向けるべきか否かを逡巡し、トラギコはこれ以上自分が不利な状況に陥らないようにそれを抑え込んだ。
上の階にコンテナを置いたままであるため、近々ここに戻らなければならない。
ここで警官を脅したり殺したりしようものなら、それはもう無理になる。
流石に同業者殺しは気が引けた。

この状況を切り抜ける方法を考えるために、トラギコは時間稼ぎをしなければならない。
一つ、十八番の技を使うことにした。

(=゚д゚)σ「上の階で警官が戦ってるラギ!!」

健全な警察官は正義感に溢れている。
その彼らが最も反応するのが、同僚の危機だ。
優先順位と彼らの好むものを与えてやれば、馬鹿は勝手に食らいつく。
警察学校で懲罰問題に発展しかけた時に、トラギコが教官の目を欺くために使った手段だ。

( 0"ゞ0)「行くぞ!!」

川_ゝ川「応!!」

勇み足で扉を開き、二人は階段を駆け上がっていった。
馬鹿は扱いやすくて助かる。
あわよくばシュールとワタナベを始末してくれればと思うが、無理だろう。
予感はすぐに当たる事となった。

跫音が頭上で乱暴に響き、悲鳴が続いた。
トラギコの空けた穴から制服の付いた腕が落ち、腸がはみ出た男が落ちてきた。
そして僅かに遅れて、目と耳から血を流した男がその上に折り重なった。
いくらなんでも弱すぎる。

(;=゚д゚)「やっぱ駄目ラギか」

時間稼ぎにもならなかったが、捕まえられる心配はなくなった。
今は、あの二人が仲間割れの末に一人に減ってくれることを願うばかりだ。
騒々しく聞こえてくる跫音の多さが二人の立ち回りを教えてくれる。
あの様子では宿泊客が皆起きて、巻き込まれ兼ねない。

そこでやるべきことを思い出した。
宿泊名簿を手に入れるなら、今だ。
ブリッツを杖にして立ち上がり、カウンターに向かう。
血と弾痕で汚れたそこから宿泊名簿を見つけ出し、全てのページを千切り取る。

他に何かシュールの手がかりになるような物はないかと探すと、店主が生前大切にしていた帳簿を見つけた。
かなり細かな部分まで収支が書かれており、備品や食事、光熱費まで全てが書かれている。
そんな中で、不自然な金額が目についた。
アマギカンパニーから寄付という名目で得た、七十万ドルの収入。

格安の宿泊施設を経営するアマギカンパニーと言えば、内藤財団の子会社だ。
つまり、内藤財団から資金提供があったことになる。

(;=゚д゚)「内藤財団がどうして……」

この宿の立地条件は確かにいい。
名物の真横という好立地だが、宿泊客は定着しない。
グレート・ベルの音によって叩き起こされれば、一日だって耐えられない。
その証拠に、一泊限りの客がほとんどだ。

大企業が目をつけるに値するとは思えない。
寄付金という名目ではあるが、買収するのが目的なのだろう。
買収するにしては魅力に欠ける宿だ。
何故、街一つを運営するだけの大企業がこの宿に寄付金を出したのか。

(;=゚д゚)「……」

帳簿の該当するページを千切り、懐にしまった。
これは間違いなく、大きな証拠だ。
先ほどトラギコが殺した男は、これを隠すために来たのかもしれない。
だとすると、ショボンが所属している組織の背後には内藤財団の影が――

(=゚д゚)「……んなわけねぇか」

あるとしたら、内藤財団の中に隠れた別の思惑を持つ人間達だろう。
大企業を隠れ蓑にすれば、怪しまれることはない。
やっと尻尾を捕まえた。
頭上から聞こえていた跫音が止み、戦いが終わった事を告げる。

生き残った方を確認するまでもない。
今は、ここから逃げる。

(;=゚д゚)「……どっちでもいいけど、もう少し粘れよ」

置き去りにしていたもう一本の松葉杖を拾い上げ、宿から急いで出た。
追手がないことを確かめながら、トラギコは慎重にブルーシートの向こうに出て行った。
両手の籠手を外してカブの後ろ籠に高周波刀と共に乗せ、その場を走り去る。
コンテナを失ったのはかなりの痛手だ。

特に、コンセプト・シリーズのコンテナは中身と同じくそれ専用の物だ。
世界に一機しか存在しないという事は、収納して持ち運ぶだけでなく、充電を行うための装置も一つしかないのだ。
回収しなければ、充電が出来ない。
充電が出来なければ、ブリッツは使えないのだ。

そしてもう一つ、トラギコがあの場に置いて行ったものがある。
手製の松葉杖だ。
狙撃銃の代用として使うつもりだったのだが、これで失われた。
手痛い忘れ物というわけではないが、手製の物だけに残念だった。

狙撃地点の割り出しは出来なかったが、十分な収穫があった。
ショボンの組織は、内藤財団内に隠れ潜む者たちが首謀者だ。
が。
それが、カール・クリンプトン殺害の解決に通じるものとは考えにくい。

もっと確実な証拠が必要だ。

(=゚д゚)「……くっそ」

アサピーと合流する手もあるが、今は避けておいた方がいい。
こうしてトラギコが襲われたという事は、アサピーの方にも追手が向かっていることだろう。
彼には悪いが自分の身は自分で守ってもらわなければならないし、新聞記者たるもの、そうでなければ真実を追うことなど出来ない。
これで生き延びることが出来れば、彼の出世は現実味を帯びることだろう。

生き延びることが出来れば、の話だが。

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その部屋には一人しかいなかった。
雑然とした机上。
タバコの匂いと黄ばみが染み付いた壁。
窓から差し込む日差しは、室内が埃と煙で白んでいることを教えてくれる。

部屋には五つの机があり、その内の四つは向かい合わせで一つの島を作り、残った一つはその島を離れた位置から見守るようにして配置されていた。
本来であれば向かい側に座る人間の顔が見えるようにと配慮されているのだが、山のように積み重なった書類によってそのささやかな配慮は無意味なものとなっていた。
互いに作り上げたごみのバリケード、もしくは目張りから分かるのは働いている人間の行動パターンだ。
それは、彼らが社内にあまり滞在せず、頻繁に外部に足を伸ばしていることの表れでもある。

普段はタバコをふかしながら雑談にふける時もあるが、いざとなれば彼らはコミュニケーションよりも優先すべきことのために動く。
朝日が昇り、朝刊が発行され、配達され、そして得られた反応は彼らの埃を被っていた闘争心に火を点けた。
いち早く情報を手に入れ、いち早く公にするという闘争心。
即ち、記者魂と呼ばれる闘争心に他ならない。

部屋に一人残るアサピー・ポストマンは今朝の朝刊で掲載されたビッグニュースがもたらした反響を全身で感じ、そして感動していた。
自分の書いた記事が一面に載るという事は、新聞を読む人間の目に真っ先に止まり、真っ先に読まれるという事だ。
それは、アサピーの言葉を人々が読み、飲み込み、信じ、そして口にするという事。
モーニング・スター新聞が世界で最も読まれている新聞である以上、今、自分が世界の流れを作っていると言っても過言ではない。

偶然手に入れた情報がアサピーに与えたのは、その感動だけではなかった。
本社の最上階にある最も高価な椅子に座る“新聞王”から、今後に期待していると電話をもらったのだ。
これはつまり、昇進が約束されたような物なのだ。
来年にはどこかで優雅に旅行特集の記事を担当できるかもしれない。

旅行記事は記者にとって、有休のようなものだ。
期間が長ければ長いだけその観光地で羽を伸ばせるし、費用は全て会社持ち。
心行くまで旅行を楽しんだ後に書く記事が魅力的になるのは、当然のことだろう。
その地位に就くには、ビッグニュースになり得る記事を数本書かなければならない。

アサピーは今の自分が、その一歩手前であると判断していた。
何もないはずの島から、世界一正義に五月蠅い街の失態を手に入れたのだ。
このスクープは必ずや、後世に語り継がれることだろう。
支部長には先ほど、ボーナスの約束を取り付けたところだ。

ボーナスを使って、デジタル一眼レフカメラを購入すれば更なる撮影の幅が広がる。
そうすれば、夢に近づける。
新たな希望を胸に抱き、アサピーはトラギコに頼まれた爆破テロの目撃情報とその記事化に勤しむことにした。
タイプライターを使って記事を作成しようと自分の席に着き、眼鏡の縁を持ち上げた。

一文字目をタイプしようとした時、視線を感じて唯一の出入り口である引き戸に目を向けた。
そこには、見知らぬ男が立っていた。
禿頭の男だった。
皺だらけのワイシャツを身に纏い、傷だらけのジーンズをはいた男だ。

眉と目は垂れ下がり、年老いた老犬に似た面構えをしていた。
無精ひげには白髪が混じり、顔には細かな傷が複数あった。
ずっしりとした体つきをしており、特に上半身は中年太りとは無縁そうな健康体。
軍人か警官か、もしくは格闘技を嗜んでいる人間のそれだった。

壁に寄りかかり、視線をアサピーに向けている男の顔に見覚えはない。
何かを背負っている事に気付き、首を傾けてその正体を見る。
それはまるで、死者を納める棺桶のような形をしており――

(;-@∀@)「ややや、けったいな…… あ、あの、どちらさまで?」

(´・ω・`)「……あ、僕?」

男は自分を指さしてそう言い、アサピーは首を縦に振った。
体に似合わず飄々とした態度に、一瞬だけ警戒心が解ける。

(´・ω・`)「あぁ、気にしなくていいよ。 それより悪いけどさ、死んでもらえないかな?」

挨拶よりも実に自然と口にした言葉の意味は、十分すぎるほどに理解できた。
この男はアサピーに死んでもらいたくて、アサピーは死んだ方が喜ばれる。
実に単純な図式だ。
それ故にアサピーは、改めて確認するしかなかった。

例え、その答えが明白だとしても、だ。

(;-@∀@)「え、え? 死んでもらうって、僕が死ななきゃいけないかもで?」

(´^ω^`)「あぁそうか、殺されるのは初めてなんだね。
     大丈夫、優しく殺してあげるよ。
     結構上手いんだ、こう見えて。
     なぁに、君の同僚も痛そうにはしてなかったから安心してよ。

     悲鳴、聞こえなかったでしょ?」

訊き返したアサピーに対して男は満面の笑みを浮かべ、殺伐とした言葉を楽しげに並べ始めた。
悲鳴。
そして、殺す。
最早疑うまでもなく、最早確認するまでもない。

この男は、自分を殺すつもりなのだ。

(;-@∀@)「いや、いやややや!!」

(´^ω^`)「ははは、かわいらしい声で鳴くねぇ」

男の言葉が正しければ、社内に残っていたアサピーの同僚は皆殺されたことになる。
記事のネタを手に入れようと街に繰り出した同僚以外、全員が。
音もなく。
悲鳴もなく、殺された。

それは手練の証明であり証拠でもある。
ひ弱な自分など、こともなげに殺すことが出来るはずだ。

(;-@∀@)「ひいっ!! こいつぁコトだ!!」

机の上にあった堅そうなものを、手当たり次第に投げつける。
飛んでくる文鎮やペンケースを避けながら、男は一歩ずつ近づいてくる。
それに合わせてアサピーは物を投げながら後退し、どうにか活路を見出そうと思考を巡らせた。
だが浮かぶのは、ただ逃げるという事だけ。

警察に電話をしたり、近隣の人間に助けを求めるために窓ガラスを割って逃げるという事は、考え付きもしなかった。
同僚の机にあったカッターを手に取って刃を三インチまで伸ばし、アサピーはそれを投げた。
しかし所詮は非凡な男の非力な投擲。
軽い手つきでそれを払いのけ、男は笑顔を崩さずに新たな言葉でアサピーを恐怖させる。

(´^ω^`)「ほらほら、そんなに暴れなくても大丈夫だから。
      絞殺ってね、思いのほか気持ちいいんだよ?」

確かに、聞いたことがある。
首を絞めて窒息する中で得られる快感は、一度味わえば病みつきになるという噂を。
年に十数件報告される自慰行為、または性行為中の窒息死が後を絶たないのはそのためだ。
だがそれは一度間違えば死に直結する危険な行為であり、快感のために死を選ぶ可能性もある諸刃の剣であることを示している。

死ぬまでに味わう苦痛は少なく、代わりに快感を得ることが出来るとは言っても、殺されることに変わりはない。
殺されるのだけはどうしても受け入れられなかった。

(;-@∀@)「く、来るな、このファック野郎!!」

走って出入り口を目指すが、男は常に最短距離でアサピーの正面から迫ってくる。
机を乗り越えられるのにそれをしないのは、この男が追うのを楽しんでいるからだ。
よく見れば男の股間は盛り上がり、性的に興奮していることが分かる。
変態だ。

(´^ω^`)「あははははは!! 待ってくれよ!!」

遂に男は机の上に乗り、書類やごみの山を蹴散らしてアサピーに浴びせ、退路を塞いできた。
足を止め、アサピーは最後の抵抗を試みることにした。
最後の武器としてアサピーが選んだのは、胸にさしていたラミーの万年筆だった。
キャップを取り、ペン先を男に向けながら何か気の利いた台詞でもと思うが、何も言葉は出てこない。

(´^ω^`)「冷めるからそういうのやめろよ」

必死の抵抗も虚しく、男はただ足を動かし、ただ万年筆を蹴り飛ばしただけだった。
ペンは剣よりも弱く、蹴りよりも弱かった。
武器は失われ、抵抗する気力も失われた。
目の前に降りてきた男は笑顔を絶やすことなく、その逞しい両腕でアサピーの両肩を力強く掴んだ。

恋人を抱擁するようにして、男はアサピーを抱きしめた。
気色の悪さよりも恐怖が勝った。
指先一つ動かせず、アサピーは男のなすがままにされる。
抱擁を解いた男の手は優しく首まで這い、ごつごつとした指の皮を喉に感じ――

(;-@∀@)「くっ……」

――男のすぐ背後の窓ガラスが砕け散り、黒い影が現れたのを見て取った。

(´・ω・`)「……君は、呼んでないんだけどなぁ」

溜息を吐きながら男は両手をアサピーから離し、振り返った。

(´・_・`)「呼ばれた覚えもないがな、ショボン・パドローネ!!」

現れたのは、垂れた眉毛とつぶらな瞳の男だった。
歳は四十から五十代だろう。
ネイビーブルーの迷彩服を身に纏い、黒い箱を背負っている。
一目で軍人であることが分かるのと同時に、只者ではないことが分かる。

(´・ω・`)「ったく、面倒なのが出てきたね。
     円卓十二騎士は夏季休暇中なのかな、ショーン・コネリ。
     それとも、仕事を首にでもなったのかな?」

ショボン・パドローネ。
アサピーはその名前を聞いた覚えがある。
ジュスティア警察の人間で、得意の推理で難事件を次々と解決した凄腕の男だ。
一時期、彼の解決した事件を基にした小説も出ていたほどの影響力を持っていた。

そして円卓十二騎士。
ジュスティアが誇る騎士の称号を持つ、十二人の騎士。
公にはなっていないが、十二人の中でも特に優れた能力と経歴を持つ七人は内々で“レジェンドセブン”と呼ばれているらしい。
ショボンの言葉が正しければ、ショーン・コネリはセカンドロック刑務所の所長でもある。

本物の円卓十二騎士が世間に姿を現すのは、何年ぶりの話だろうか。
その存在は長らく神話的に語り継がれ、噂として生きていた。
何が起きたにしても言えることは、円卓十二騎士の一人がアサピーの窮地を救ってくれたという事だ。

(´・_・`)「セカンドロックで好き勝手にやってくれたおかげで、しばらく休みはないんでな」

(´・ω・`)「どういたしまして。 休みたかったら、残った人生を全部有休消化すればいい」

二人が会話に花を咲かせている隙に、アサピーは少しずつ後退る。
逃げ切れば勝ちだが、カメラを手に取って写真に収めれば大勝利になる。
この状況でスクープを狙わないのは、記者として失格だ。
ここでの選択が、必ずや大きな分岐点になる。

今、アサピーがその選択権を持っているのだ。
他の誰でもなく、アサピーだけが持っているのである。
これを逃すわけにはいかない。
これは使命だ。

(´・_・`)「有給など、死んでから取ればいい」

(´・ω・`)「今それをしろって言ったつもりだったんだけど、ジョークが通じないのか」

(´・_・`)「貴様のジョークは分かりづらい。
    もっと分かりやすいのを用意するべきだ」

ショボンの手の届かない位置まで後退できたアサピーは、散らかった机上に横たわる一眼レフカメラを掴んだ。
距離は五フィート。
油断をすればすぐに捕まる位置。
しかし臨場感、そして迫力ある絵が撮れる位置でもある。

レンズキャップを外し、電源を入れる。
ファインダーを覗き込みながら、ピントを合わせる。
引き気味に捉えた二人の像が重なっているため、映し出せるのはショボンの背中だけだ。
着実に距離を置きながら、アサピーは机を挟んだ位置から二人を撮ることに決めた。

(´・ω・`)「ジョークを知らないだけだろ、君の場合は。
     まぁ、僕の動きを読めたことは褒めてあげるよ。
     教えてくれないかな、せめて死ぬ前に。
     誰だい? 僕がここに来るって予想したのは。

     ライダル・ヅーかな、それともトラギコ?」

(´・_・`)「貴様とこれ以上話すつもりはない」

肌に感じていたピリピリとした空気が一変し、静寂に切り替わった。
察したアサピーは駆け、狙っていた位置に着く。
そしてカメラを構え、シャッターを切った。

(´・_・`)『我らは巌。 我らは礎。 我らは第九の誓いを守護する者也』

(´・ω・`)「だから君たちは嫌いなんだよ。
     “英雄の報酬は、銃弾を撃ち込まれることだ”」

二人の体が、背負っているコンテナに取り込まれる。
ほぼ同時に、形の異なる強化外骨格が姿を現した。
黒い棺桶と土色の棺桶が対峙する構図を写真に収める。

<::[-::::,|,:::]『いざ』

黒い棺桶は無駄がなく、人間の体に限りなく近い形をしている。
両腕に見えるのは大口径の銃身。
背中のバッテリーパックの横に付いた鞘には長い刀が刺さっている。
青く光る双眸が静かに正面を見据え、重心は僅かに前にかかっている。

(::[-=-])『……』

ショボンが吐いた短い息を合図に、長身の刀が一瞬で抜刀され、横薙ぎの刃が空を切る音を残してショボンのいた空間を通り過ぎた。
軽やかな跳躍によってその一閃を回避したショボンは、着地と同時にとび回し蹴りを放つ。
膝を覆う巨大な鎧が一瞬の内に両踝側に展開し、鋭利な先端部分が踵の方に下がることによって二股の槍の形となる。
首を撥ね飛ばすかと思われた一撃は、ショーンの返す刀の切り払いによって防がれ、未遂に終わる。

二秒弱の間に行われた攻防は、これまでにアサピーが見たどの戦いよりも速く激しく美しかった。
飛び散る火花の輝き。
高周波発生装置が放つ耳障りな音。
全てが未体験の領域だった。

ショーンは得物の長さなど感じさせない動きで刀を操り、ショボンに対して切りかかる。
その激しさは暴風の様相を呈しているが、優雅さはダンサーのそれ。
前に攻め入ろうとするショーンに対して、ショボンは両足の楯を巧みに操りそれを防ぐ。
一見して拮抗しているようにも見えるが、ショーンの踏み込みが深くなるにつれ、気圧されたようにショボンが少しずつ後退を始めているのは優劣の差が現れている証。

技量によるものか、それとも別の要因が働いているのかは素人であるアサピーには判断できない。
だが円卓十二騎士という肩書が伊達ではないのは分かる。
ただの剣術にこれほどまでの美しさがあるなど知りもしなかった。
切り刻まれていくオフィスを、アサピーは固唾を飲んで見守るしかない。

何を思ったのかショーンは刀を片手に持ち替え、左手をショボンに向けた。
左腕にあるのは銃口。
接近戦からの素早い切り替えに面食らうアサピーの目の前で、次々と銃声が響いた。
連射速度はそれほどでもないが、その音は砲声のように低く、そして重い。

一瞬のことにもかかわらず、ショボンは素早い対応を見せた。
特徴的な足の鎧を前面に掲げて上半身を守りつつ跳躍し、ショボンはそれを受けた。
衝撃に押し出されるようにしてショボンの体が空中で後退する。
楯の絶妙な角度によって弾かれた銃弾は天井、床、壁に大穴を空け、窓ガラスを砕いた。

たまらず伏せようとしたアサピーだったが、その光景の壮絶さに目を離すことを惜しんで前屈みの状態で傍観していた。

(::[-=-])『ふふ、頼みの綱が効かないね。
      どうする?』

<::[-::::,|,:::]『よく防いだと褒めておくが、その装甲の厚みはよく知っている。
       次はないぞ下郎!!』

刀を両手で握り、ショーンは青白い目の輝きを残して疾駆した。
距離を縮めたショーンは先ほど以上の剣撃でショボンを攻め、部屋の隅へと追いやる。
攻めるショーンも恐ろしいが、それを防ぐショボンも恐ろしい。
斬撃の合間にショボンは何度も爪先で刀を弾き、隙あらば反撃しようとしている。

だが、ショーンの動きはそれを許さない。
剣先で距離を保ち、自分にとって有利な間合いで戦いを挑んでいる。
そして、残響音に混じって銃声が響いた。
刀を操る傍ら、ショーンは両腕の銃を使って銃撃を加え始めたのだ。

振るわれる高周波刀の一撃は必殺に等しく、発砲される銃弾は中空とはいえ棺桶を押し返す威力を持っているのだから、当たるわけにはいかないだろう。
目にも止まらぬ速度の斬撃に加えた銃撃はまさに必滅の攻撃だ。
二枚の楯では全ての攻撃を防ぎ切ることが不可能と判断したのか、楯は左右に分かれて独立した動きで銃弾と刃からショボンの上半身を守り始める。
倍に増えた防御手段だが、その分だけ要所要所が手薄になっている。

先ほどまでとは比較にならない猛攻に、流石のショボンも防御に徹して後退せざるを得ない。
瞬く間に壁際まで追い詰められたショボンだったが、これで終わるとは思えなかった。
そんなアサピーの予想に反せず、戦闘は次の展開に移る。
ショーンが必殺の想いと共に繰り出したであろう袈裟斬りは、それまでショボンがいた壁を深々と切り裂いただけで、実像は無傷のまま。

何が起こったのかを瞬時に理解できたのは、ショーンよりも離れた位置にいるアサピーの方だった。
上段に構えたその動きに合わせ、ショボンはショーンの頭上を飛び越えたのだ。
構えた直後の状態からでは、刀は十分な速度を得られない。
それを証明するかのようにショボンは刀を踏み台にし、ショーンの背後に回り込むことに成功した。

そして、その顔と体はアサピーを向いている。
赤く光る機械の目と眼が合い、ショボンの目的がアサピーの殺害であることをようやく思い出した。
これまでの全てはショーンをアサピーから遠ざけ、尚且つ接近するための攻防戦だったのだ。
そもそもの目的を遂行できれば、一対一の勝負の勝敗などどうでもいい。

徹底的なまでの合理主義者の考えだ。

(::[-=-])『サヨナラだ!!』

(;-@∀@)「うひっ!」

人間が棺桶に勝つには武器が必要だ。
アサピーの武器はカメラのみ。
話にならない。
マスコミの持つ力は時には武力を凌駕するが、それは限られた条件下での話だ。

これまでの記憶が走馬灯のように蘇り、己の避けられない死を確信した。
だがそれを防ぐ騎士がいた。

<::[-::::,|,:::]『甘い!!』

ショボンが跳び蹴りをアサピーに放つのと同時に、ショーンの左腕が砲火を吹いた。
背中に銃弾を受けたショボンは空中で体制を崩し、狙いが逸れてアサピーの背後にあった壁を蹴り砕いて廊下に飛び出した。
好機。
急いでその場から立ち退き、ショーンの方へと駆け寄る。

(;-@∀@)「た、助けて!!」

<::[-::::,|,:::]『窓から逃げろ!!』

言われた通り、アサピーは砕け散った窓から外に一目散に逃げ出した。
礼を言うことも振り返ることもなく、一心不乱に人通りの多い場所を目指して駆ける。
すれ違う人間が訝しげにアサピーを振り返るが、今の彼にはそれに意識を向けるだけの余裕はない。
命の危機にさらされた興奮、そしてスクープの目撃者となったからには、無理からぬことだろう。

写真に収めたあの二人の戦いをどのようにして世間に広めるべきかと考えられるようになったのは、商店の並ぶ通りに出た時だった。
十分ほど走り続けたため、呼吸は荒く喉の奥から血の香りがした。
アドレナリンがもたらす高揚は薄れ、太腿に感じる疲労感は足を止めるには十分な効果を持っていた。

(;-@∀@)「ひ、ひっ……ふぅ……
      こ、ここまでくれば大丈夫……」

見覚えのある店の名前から、ここがグレート・ベルの北にあるジューダン・ストリートの一角であることを理解する。
行き交う人々は皆、アサピーの様子を見ても興味を示すそぶりを見せない。
何かがおかしい。
まるで、銃声など聞こえていなかったかのようだ。

(;-@∀@)「……聞こえてなかったのか?」

そういえば、とアサピーは思い出す。
この島では日常的に鐘の音が鳴り響き、それが人々の生活の中に沁みついている。
時間を知らせる場合や、火災や津波などの災害の際には島民にその危険を知らせる役割を担っているからだ。
独特の音色は遠くから聞けば神聖な雰囲気さえ感じさせるが、間近にいる人間にとっては騒音でしかない。

その鐘が鳴っている間、銃声は人々が耳に届くのは非常に難しい。
新聞社の近くに住んでいる人間ならば気が付くだろうが、鐘の近くにいた人間にその音が届くことはない。
爆破テロが起こったことにより、鐘は今こうしている間にも島全体にその危機を伝えている。
島で暮らす内に気にならなくなり、いつしかアサピーは鐘の音がもたらす影響を完全に忘れていた。

ここに着て日の浅いアサピーがそうであれば、産まれながらに住んでいる人間には鐘の音が響いてる間の音は無音として認識される。
つまり、鐘の音が響いている間は新聞社で殺されかけたことなど島の人間には認知されぬことなのだ。
あれだけの戦闘がありながらも、誰にも認知されないという事には二つの効果がある。
一つは隠匿、そしてもう一つは、希少性である。

ともあれ、写真に収めた二人の戦う姿は社会に大きな波紋を産むだろう。
そうなればアサピーの夢は叶うに違いない。
だが、写真を現像したところでそれを新聞にする術をアサピーは知らない。
彼は記者ではあったが、印刷機の使い方も知らなければ広告の入れ方も知らないのだ。

少なくともティンカーベル支社は崩壊した。
この島の外にある支社から本部へとデータを送らなければならないが、島外への移動は現在禁止されている。
脱獄犯の事件が解決しなければ、この島から外へは出られない。
夢の実現のためには、トラギコへの協力が絶対なのだと再認識した。

彼に会う前に、爆破テロに関する情報を手に入れ、整理し、その大まかな概要を提出する準備を整えておけば後が楽になる。
短い時間ではあるが手に入れたのは、爆破直前に現れた不審な人物の目撃情報と、その行方。
テロ前に見られた何かの前兆など、聞き込みによって得られたものがほとんどだが、一つだけ有力な情報があった。
爆発する直前、席を急いで立った三人の目撃情報だ。

女性が二人、そして子供が一人。
この三人についての目撃情報は複数あり、爆発後に現場を去りバイクでどこかへと走り去ったという。
人相について得られたのは、女性二人の年齢は若く、二十代前半から後半で整った目鼻立ちをしていたとのこと。
一人は赤茶色のセミロングで、もう一人は見事な金髪のロングをしていたらしい。

子供はニット帽を被り、俯きがちになっていたために人相と性別は分からない。
これはかなり有力な情報のはずだった。
何せ、標的となったかもしれない人間の情報なのだ。
彼女たちが何者なのかが分かれば、事件の解決につながる可能性がある。

そしてそのためには、島に散り散りになった記者仲間との合流がそれを助けてくれるはずだ。
複数同時にやらなければならないことが待っているが、全ては繋がっている。
複数に分裂した尾を辿れば、その先に待っているのは栄光。
明るい未来は、アサピー次第ですぐにでも手に入るのだ。

(-@∀@)「……あれ?」

自分の腹に触れる服に湿り気を感じ、そこに目を向けるとネルシャツに赤黒い染みが出来ていた。
暖かく、そして冷たいという矛盾した感覚。
指で触れると、若干の粘り気のある感触を指先に感じた。
直後に熱を感じ、痛みを覚え、そして倒れた。

――銃声など、聞こえなかったというのに。

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